遠藤 理沙

イスラム文明史ライター

中東・地中海地域の文明史を専門とし、イスラム圏10カ国以上のフィールドワーク経験を持つ。モスク建築や幾何学文様など、イスラム美術・文明の魅力を伝えます。

歴史・文明文化・暮らし

中東・地中海文明史専門。トルコ・モロッコ等イスラム圏10カ国以上のフィールドワーク経験。

遠藤 理沙の記事 (11)

文化・暮らし

ヨルダンのイスラムは、国民の9割以上がスンニ派を占めるムスリム多数派社会であり、1952年憲法がイスラムを国家の宗教と定める王国のかたちの中で成り立っている。アンマンの旧市街を歩くと、丘の上のモスクから流れるアザーンと市場の喧騒が重なり、信仰が特別な行事ではなく生活の地層そのものになっていることが見えてくる。

文化・暮らし

レバノンは、ムスリムが人口の約7割を占めながら、その内訳が他のアラブ諸国と大きく異なる国である。2023年推計ではシーア派が32.2%、スンニ派が31.2%でほぼ拮抗し、イスラムから分かれたドゥルーズ派が約5.5%加わるため、同じイスラム圏でも宗派の力関係が街の風景にまで表れやすい。

文化・暮らし

クウェートのイスラム社会は、クウェート市の高層ビルの足元に白い大モスクが広がり、夕刻のアザーンが商業都市の喧噪に溶け込む景色に、はっきり表れています。クウェートはイスラムを国教とし、憲法第2条でシャリーアを立法の主要な源泉と定めながら、唯一の源泉とはしていません。

文化・暮らし

カタールは、アラビア半島東部のペルシャ湾岸にある半島国家で、2004年憲法でイスラムを国教と定めた国である。アミールはムスリムであることが要件とされ、アル=サーニー家が統治の柱にイスラムの価値を据えてきたため、宗教は制度の飾りではなく国家の骨格になってきました。

文化・暮らし

イラクは、637年のイスラム化を起点に、バグダード建設を経て独自の宗教史と文明史を育んだ国である。国民の約95%がムスリムで、そのうちシーア派が約60〜65%を占めるため、世界では少数派のシーア派が多数派となる逆転がここでは起きている。

文化・暮らし

アフガニスタンは、7世紀以降にイスラム化が進み、現在では国民の約99.7%がムスリムを占める国である。スンニ派が約90%、シーア派が約10%という構成に、1931年憲法第1条でハナフィー学派が事実上の国教とされた歴史が重なり、政治も社会も日常もイスラムを前提に形づくられてきました。

文化・暮らし

タージマハルは、ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが1631年に亡くなった愛妃ムムターズ・マハルのために、アーグラのヤムナー川南岸に築いた白大理石の霊廟です。1632年に着工し、主要部は1648年、全工事は1653年に完了しました。

文化・暮らし

ハギア・ソフィアは、537年にユスティニアヌス1世のもとで完成した大聖堂であり、1453年5月29日のコンスタンティノープル陥落の日に、21歳のメフメト2世によってモスクへ転用された建物です。

文化・暮らし

イスラム庭園とは、7世紀以降のイスラム勢力圏で発展した、コーランに描かれた天上の楽園ジャンナを地上に映そうとした庭園様式である。乾燥した土地に生きる人々にとって、緑陰や果実、絶えず流れる水はそれ自体が楽園の兆しであり、庭は信仰と世界観を目に見える形にした空間でした。

文化・暮らし

イードは、イスラムで年に2回巡ってくる大きな祝祭で、断食明けを祝うイード・アル・フィトルと、預言者イブラヒームの献身を記念するイード・アル・アドハー(犠牲祭)に分かれます。

文化・暮らし

岩のドームは、691〜692年にウマイヤ朝の第5代カリフ、アブドゥルマリクの命で建てられた、エルサレムの聖域を代表する記念建造物です。モスクと誤解されやすいものの、礼拝のための建物ではなく、中央にある聖なる岩を覆い守るための建築であり、隣接するアル=アクサー・モスクとはきちんと区別して理解する必要があります。