歴史・文明

イスラム文明の科学・建築・美術への貢献と歴史

最新記事

歴史・文明

中国のムスリムを代表する回族とウイグルは、どちらもイスラムを信仰しながら、起源・言語・歴史が大きく異なる別個の民族です。筆者が中央アジアやトルファンのオアシス都市を歩いたとき、仏教石窟とモスクが同じ街に重なって残る光景に、ウイグルがたどった宗教史の重層性を強く感じました。

歴史・文明

アル・フワーリズミーは、9世紀前半のバグダードで活躍した数学者・天文学者・地理学者であり、ホラズム出身を示す名を持つ学者である。トルコやウズベキスタンを歩くと、ホラズムという地名や知恵の館の記憶は今も学問の遺産として語られ、その広がり方に歴史の厚みを感じます。

歴史・文明

アフリカのイスラム化とは、マグリブ・西スーダン・スワヒリ海岸・ナイル流域で、7世紀の北アフリカ征服から19世紀の改革運動まで1000年以上かけて進んだ長期過程である。

歴史・文明

中央アジアのイスラム化とは、8世紀初頭のアラブ軍によるマー・ワラー・アンナフル征服に始まり、10世紀のトルコ系遊牧民の集団改宗で広く定着するまで、約3世紀をかけて進んだ漸進的な変化である。

歴史・文明

ムガル帝国は、1526年に中央アジア出身のバーブルが第一次パーニーパットの戦いでデリー・スルタン朝最後のロディー朝を破ってデリーに築いたイスラム王朝である。名はペルシア語でモンゴルを意味する語に由来し、ティムールとチンギス・ハンの血筋を引くバーブルの出自も、この王朝の性格をよく示しています。

歴史・文明

イブン・バットゥータは、1304年にモロッコのタンジールで生まれた法学者であり、1325年から約30年にわたってアフリカ・アジア・ヨーロッパを旅した中世最大級の旅行家です。総移動距離は延べ12万kmを超え、マルコ・ポーロを上回る足跡を残しました。

歴史・文明

ウマル・イブン・ハッターブは、592年頃に生まれた第2代正統カリフで、634年から644年までのわずか十年にイスラム共同体をアラビアの一勢力から大帝国へ押し上げた人物です。

歴史・文明

アブー・バクルは、573年ごろに生まれ634年に没したムハンマド最古参の教友で、632年から634年まで初代正統カリフを務めた人物です。預言者の娘アーイシャの義父でもあり、メディナの共同体にきわめて近い位置から、崩れかけた信仰のまとまりを支え直しました。

歴史・文明

アリー・イブン・アビー・ターリブは、601年頃に生まれた預言者ムハンマドの父方の従弟であり、娘ファーティマの夫でもあった人物です。スンニ派では第4代正統カリフ、シーア派では初代イマームとされるこの二つの顔を、この記事では時系列に沿って整理していきます。

歴史・文明

ジャーヒリーヤ(無明時代)とは、イスラム成立以前のアラビア半島を指す概念。多神教・偶像崇拝・部族抗争が支配した社会構造、発達した詩文化、メッカの商業的繁栄まで、日本語でわかりやすく解説します。

歴史・文明

624年ラマダーン月、313名のムスリム軍が約1000名のメッカ・クライシュ族軍を撃破。イスラム共同体の命運を分けたバドルの戦いの背景・経緯・歴史的意義を徹底解説。

歴史・文明

711年から1492年まで続いたアル・アンダルス(イスラム・スペイン)の全史。後ウマイヤ朝の繁栄、コルドバ・カリフ国の黄金時代、三宗教共存のコンビベンシア、そしてレコンキスタによる終焉までを詳しく解説。