文化・暮らし

ハラール食・服装・各国のムスリム文化を紹介

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ビスミッラーは、「アッラーの御名において」を意味するアラビア語の定型句で、正式にはバスマラ、別名タスミヤと呼ばれます。完全形は「慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において」で、日常で口にする短縮形はその冒頭だけを取り出した言い方です。

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アルハムドゥリラー(الحمد لله, al-ḥamdu li-llāh)とは、「(すべての)称賛はアッラーに属する」という直訳を持つアラビア語の定型句であり、日常では「おかげさまで」に近い感覚でも使われます。

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モーリタニア・イスラム共和国は、国民の約99.1%がイスラム教徒を占める、世界でも有数のイスラム色の濃い国である。1991年の憲法改正でシャリーアが正式に採用され、国家そのものがイスラムと深く結びついてきたことが、この国の出発点になります。

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ガンビアは西アフリカ大西洋岸にある小国ですが、国民の約96.4%がムスリムという、信仰の密度がきわめて濃い社会です。筆者がイスラム圏を10カ国以上歩いて感じてきたのは、地図の大きさと宗教の存在感は必ずしも一致しないということでしたが、ガンビアはその差がとりわけはっきり見える国でした。

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ジブチは、アフリカの角に位置する人口約117万人の小国でありながら、国民の94〜98%がムスリムを占める、世界でも屈指のイスラム濃度を持つ社会です。紅海を挟んでアラビア半島と向き合う地理は、7世紀にアラブの交易商人が信仰を運び込んだ背景と重なり、

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コモロは、インド洋のモザンビーク海峡に浮かぶ火山島からなる小国で、人口約85万人のうち98%以上がムスリムを占める、世界でも屈指のイスラム浸透国です。9〜10世紀以降、この島々にはインド洋交易と移住の波が重なり、シーラーズィーやイエメン・ハドラマウト出身のハドラミーがスワヒリ世界の交易網を通じて信仰を運び、

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パレスチナのイスラムは、7世紀のイスラム化とその後の長い重層史の中で形づくられた、エルサレムを中心とする宗教文化である。筆者がトルコ、モロッコ、ウズベキスタンなどイスラム圏十数か国を歩いてきた経験から見ても、旧市街のハラム・アッシャリーフほど、複数の宗教の聖地が物理的に層を成している場所は稀でした。

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モルディブは、インド洋に浮かぶ一島一リゾートの楽園として知られるイスラム国家である。国民のほぼ100%がムスリムという現在の姿は、青い海と白い砂浜のイメージだけでは捉えきれない。

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コソボとは、1389年のコソボの戦いを経て500年以上オスマン統治のもとに置かれたバルカンの地域で、2011年センサスでは人口の95.6%がムスリムとされた。プリシュティナの皇帝モスクやプリズレンのシナン・パシャ・モスクが今も残るこの地では、宗教と民族の分布がほぼ重なりながら、

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アルバニアは、ヨーロッパで珍しいムスリム多数の国として知られる国であり、2023年の国勢調査ではムスリム計が約50.67%と、過半をわずかに保ちながら歴史的な転換点に立っています。

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ボスニア・ヘルツェゴビナは、2013年国勢調査でイスラムが51.33%、正教が30.75%、カトリックが15.19%を占めた、ヨーロッパでも珍しい三宗教モザイクの国である。

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タジキスタンは、中央アジアで独自のイスラム史を育んできた国である。国民の約96%がムスリムとされる一方、憲法上は世俗国家で、名目上は約97.5%が信徒とされる。この「篤信的でありながら世俗的」という二面性を押さえると、タジキスタンのイスラムは単純な一言では片づけられないと分かります。