文化・暮らし

ハラール食・服装・各国のムスリム文化を紹介

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イスラモフォビアとは、イスラム教への根拠のない敵意と、ムスリム個人や共同体に向けられる差別、さらに政治や社会からの排除までを含む構造的な現象です。1991年に活字で初めて使われたこの言葉は、1997年に英国の研究機関が示した定義を通じて、感情ではなく分析のための概念として定着しました。

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スクーク(イスラム債)は、利子の受け払いを禁じるイスラム法のもとで、社債の代わりに使われる証券です。普通の社債が発行体にお金を貸して利子を受け取る金銭債権なのに対し、スクークは不動産や事業などの原資産を小口で持ち合い、その収益を分配する仕組みで成り立っています。

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ハラル観光とは、イスラム教の戒律に沿って許されたものの範囲で安心して旅をするために、食事・礼拝・宿泊へ配慮を組み込んだ観光である。ハラルは食だけの話ではなく、礼拝のための清浄やキブラの向きまで含む生活規範であり、旅先ではその条件を満たしにくくなる。

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タージマハルは、ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが1631年に亡くなった愛妃ムムターズ・マハルのために、アーグラのヤムナー川南岸に築いた白大理石の霊廟です。1632年に着工し、主要部は1648年、全工事は1653年に完了しました。

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ハギア・ソフィアは、537年にユスティニアヌス1世のもとで完成した大聖堂であり、1453年5月29日のコンスタンティノープル陥落の日に、21歳のメフメト2世によってモスクへ転用された建物です。

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イスラム庭園とは、7世紀以降のイスラム勢力圏で発展した、コーランに描かれた天上の楽園ジャンナを地上に映そうとした庭園様式である。乾燥した土地に生きる人々にとって、緑陰や果実、絶えず流れる水はそれ自体が楽園の兆しであり、庭は信仰と世界観を目に見える形にした空間でした。

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イードは、イスラムで年に2回巡ってくる大きな祝祭で、断食明けを祝うイード・アル・フィトルと、預言者イブラヒームの献身を記念するイード・アル・アドハー(犠牲祭)に分かれます。

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岩のドームは、691〜692年にウマイヤ朝の第5代カリフ、アブドゥルマリクの命で建てられた、エルサレムの聖域を代表する記念建造物です。モスクと誤解されやすいものの、礼拝のための建物ではなく、中央にある聖なる岩を覆い守るための建築であり、隣接するアル=アクサー・モスクとはきちんと区別して理解する必要があります。

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ブルーモスクとは、イスタンブール旧市街に建つスルタンアフメト・モスクの通称で、向かいのアヤソフィアと並んで街の象徴になっているオスマン建築です。筆者がトルコでのフィールドワークで朝のスルタンアフメト広場に立ったときも、二つの巨大ドームが向かい合う景色は、帝国の二つの時代が静かに対話しているように見えました。

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ハーフィズは、14世紀のイラン南部シーラーズに生きた抒情詩人で、本名をシャムスッディーン・ムハンマドという。ハーフィズはコーランを全暗記した者を指す尊称で、そのままペンネームになったものである。

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ナイジェリアは、西アフリカ最大の人口を抱える国であり、その約半数がムスリムを占める、世界でも屈指のイスラム人口大国です。中東だけがイスラムの中心ではないという事実は、まずここで押さえておきたいところでしょう。 ナイジェリアのイスラムは征服ではなく、金と塩を運ぶサハラ縦断交易のなかで根づきました。

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バングラデシュは、2022年国勢調査で人口の約91%をムスリムが占める、南アジアでも際立ってイスラム色の濃い国です。ムスリム人口は約1億5500万人に達し、インドネシア、パキスタン、インドに次ぐ世界第4位規模でありながら、中東のイメージとは異なるベンガル・デルタでその宗教文化が育ってきました。