最新記事
イスラムのイーサー(イエス)とは|預言者の位置づけ
イーサーとは、イスラム教でイエスを指すアラビア語名であり、コーランに25回登場する尊い預言者です。大学でイスラム学を学ぶ中で「イーサー・イブン・マルヤム(マルヤムの子)」という呼称に初めて触れたとき、キリスト教の「神の子イエス」とは別系統の人物像が立ち上がってくる感覚を覚えました。
イスラムの天国と地獄|ジャンナとジャハンナム
イスラム教の死後観は、現世ドゥンヤーを来世アーヒラの準備とみなし、死の先に復活と最後の審判がある宗教です。カイロ留学中に現地のムスリムが日常会話で自然に「来世」を口にしていたのを聞くと、天国ジャンナや地獄ジャハンナムは遠い空想ではなく、生活の延長として受け止められているのがよくわかりました。
ハラル観光とは|ムスリム旅行者向けサービスの基本
ハラル観光とは、イスラム教の戒律に沿って許されたものの範囲で安心して旅をするために、食事・礼拝・宿泊へ配慮を組み込んだ観光である。ハラルは食だけの話ではなく、礼拝のための清浄やキブラの向きまで含む生活規範であり、旅先ではその条件を満たしにくくなる。
タージマハルに読み解くイスラム建築の様式
タージマハルは、ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが1631年に亡くなった愛妃ムムターズ・マハルのために、アーグラのヤムナー川南岸に築いた白大理石の霊廟です。1632年に着工し、主要部は1648年、全工事は1653年に完了しました。
ハギア・ソフィアのモスク転用|1453年からの変容
ハギア・ソフィアは、537年にユスティニアヌス1世のもとで完成した大聖堂であり、1453年5月29日のコンスタンティノープル陥落の日に、21歳のメフメト2世によってモスクへ転用された建物です。
イスラム庭園とは|楽園を模した四分庭園
イスラム庭園とは、7世紀以降のイスラム勢力圏で発展した、コーランに描かれた天上の楽園ジャンナを地上に映そうとした庭園様式である。乾燥した土地に生きる人々にとって、緑陰や果実、絶えず流れる水はそれ自体が楽園の兆しであり、庭は信仰と世界観を目に見える形にした空間でした。
イスラムの2大祝祭イード|断食明けと犠牲祭の違い
イードは、イスラムで年に2回巡ってくる大きな祝祭で、断食明けを祝うイード・アル・フィトルと、預言者イブラヒームの献身を記念するイード・アル・アドハー(犠牲祭)に分かれます。
岩のドームとエルサレム|その意味を読み解く
岩のドームは、691〜692年にウマイヤ朝の第5代カリフ、アブドゥルマリクの命で建てられた、エルサレムの聖域を代表する記念建造物です。モスクと誤解されやすいものの、礼拝のための建物ではなく、中央にある聖なる岩を覆い守るための建築であり、隣接するアル=アクサー・モスクとはきちんと区別して理解する必要があります。
ブルーモスクとは|青いタイルと6本の尖塔の謎
ブルーモスクとは、イスタンブール旧市街に建つスルタンアフメト・モスクの通称で、向かいのアヤソフィアと並んで街の象徴になっているオスマン建築です。筆者がトルコでのフィールドワークで朝のスルタンアフメト広場に立ったときも、二つの巨大ドームが向かい合う景色は、帝国の二つの時代が静かに対話しているように見えました。
イブン・ルシュドとは|アリストテレス注釈
イブン・ルシュドとは、1126年にコルドバで生まれ、1198年にマラケシュで没した哲学者・医学者・法官であり、ラテン語圏ではアヴェロエスの名で知られる人物です。筆者がコルドバやマラケシュを歩いたときにも、彼が生きた12世紀アンダルスとマグリブの知的空気は、
イブン・ハルドゥーンとは|歴史学の祖
イブン・ハルドゥーンは、1332年にチュニスで生まれ、1406年にカイロで没した14世紀イスラム世界を代表する歴史家・社会学者です。ハドラマウト系アラブの名門に連なり、政治家、外交官、裁判官としても生きたこの人物は、イスタンブールやチュニジアの宮廷跡を歩くと浮かぶ王朝交代の気配を、
ハーフィズとは|シーラーズの詩人とガザル
ハーフィズは、14世紀のイラン南部シーラーズに生きた抒情詩人で、本名をシャムスッディーン・ムハンマドという。ハーフィズはコーランを全暗記した者を指す尊称で、そのままペンネームになったものである。