最新記事

歴史・文明

イブン・ルシュドとは、1126年にコルドバで生まれ、1198年にマラケシュで没した哲学者・医学者・法官であり、ラテン語圏ではアヴェロエスの名で知られる人物です。筆者がコルドバやマラケシュを歩いたときにも、彼が生きた12世紀アンダルスとマグリブの知的空気は、

歴史・文明

イブン・ハルドゥーンは、1332年にチュニスで生まれ、1406年にカイロで没した14世紀イスラム世界を代表する歴史家・社会学者です。ハドラマウト系アラブの名門に連なり、政治家、外交官、裁判官としても生きたこの人物は、イスタンブールやチュニジアの宮廷跡を歩くと浮かぶ王朝交代の気配を、

文化・暮らし

ハーフィズは、14世紀のイラン南部シーラーズに生きた抒情詩人で、本名をシャムスッディーン・ムハンマドという。ハーフィズはコーランを全暗記した者を指す尊称で、そのままペンネームになったものである。

基礎知識

ドゥルーズ派とは、1017年頃のファーティマ朝エジプトでイスマーイール派から分かれて成立した、独自の一神教共同体である。第6代ファーティマ朝カリフ・ハーキムを受肉した神とみなし、神秘家ハムザ・イブン・アリーが教義を整えたこの宗教は、いまでは世界に約100万人の信者をもち、主にシリア、レバノン、

歴史・文明

ガザーリーは、1058年頃にホラーサーン地方トゥースで生まれた神学者・法学者・神秘家であり、「イスラムの証明(フッジャ・アルイスラーム)」と呼ばれた中世イスラムを代表する思想家です。

基礎知識

アフマディーヤは、1889年に英領インドのパンジャーブ地方カディヤーンで、ミルザー・グラーム・アフマドが40人の支持者から忠誠の誓いを受けて始まったイスラム内の改革・復興運動です。

歴史・文明

ワッハーブ派は、18世紀半ばにアラビア半島内陸のナジュドで興ったイスラム改革運動であり、ムハンマド・イブン・アブドゥルワッハーブ(1703〜1792)がコーランと預言者のスンナへの原点回帰を訴えたことに始まります。

信仰と実践

メヴレヴィー教団のセマーは、13世紀コンヤでジャラール・ウッディーン・ルーミーを名祖として形づくられた、イスラム神秘主義スーフィズムの儀礼である。8〜9世紀の中東に始まるスーフィーの伝統は、ズィクルと呼ばれる神の唱念を通じてファナー、自我の消滅と神との一体をめざし、その修行の道がタリーカとして教団を生んだ。

基礎知識

十二イマーム派は、初代アリーから第12代マフディーまでの12人を、ムハンマドの血統を継ぐ無謬のイマームとして認めるシーア派の最大分派です。世界のシーア派のおよそ85%を占め、イランでは国教の中心にもなっているため、日本で単に「シーア派」と言うと、実際にはこの十二イマーム派を指すことが少なくありません。

信仰と実践

マーリキー派は、スンナ派イスラム教の四大法学派のひとつで、マーリク・イブン・アナスが8世紀のメディナで形づくった法学の流れです。法学派(マズハブ)はイスラム法の導き方の違いであって優劣ではありませんが、その前提を押さえると、

基礎知識

イスマーイール派は、765年に第6代イマームのジャーファル・サーディクが没した際、その長子イスマーイールを正統な後継とみなした人々から生まれたシーア派の一派です。弟ムーサー・カーズィムを第7代とする多数派の十二イマーム派とここで分かれ、シーア派の中の分かれ道を形づくりました。

信仰と実践

ハンバリー派は、9世紀バグダードのアフマド・イブン・ハンバル(780〜855年)に由来するスンナ派イスラーム法学の四大学派の一つです。四派の中では最後発かつ最小で、しばしば「最も厳格で伝統主義的」と評されますが、その意味は単なる保守性ではなく、クルアーンとハディースを法源の中心に据える方法論にあります。