最新記事
シャーフィイー派とは|四大法学派と法源論
シャーフィイー派は、スンナ派の四大法学派のひとつであり、ムハンマド・ブン・イドリース・シャーフィイー(767〜820年)が法源を体系化して築いた法学の学統である。法学派とは、同じ信仰を実践に落とし込むための解釈方法の違いであり、教義の対立ではない。
イスラム天文学|星の名前とアストロラーベ
アラビア語に由来する恒星名は、アルデバラン、ベテルギウス、リゲル、アルタイル、ベガのように夜空でよく知られた星にまで広く残っている。IAUが認める固有名のうち210前後がアラビア語起源であり、その背景にはイスラム黄金時代に天文学が翻訳と観測の両面で大きく育った歴史がある。
イブン・スィーナーと『医学典範』が変えた医学史
イブン・スィーナーは、980年にブハラ近郊のアフシャナで生まれ、1037年にハマダーンで没した、ペルシアを代表する大学者です。医学・哲学・自然学・数学を横断して名を残し、「第二のアリストテレス」とまで呼ばれました。
イブン・ハイサム|近代科学を変えた光学者
イブン・ハイサムは、965年ごろに現在のイラク南部バスラに生まれ、ヨーロッパではラテン語名アルハゼンとして知られた万能学者であり、イスラム黄金時代に活躍した人物です。
ハナフィー派とは|四法学派で最大の学派
ハナフィー派とは、スンナ派イスラムにおける四大法学派(マズハブ)の一つで、最も古く、信徒数も最大とされる学派です。学派名はイラクのクーファで商人にして法学者として生きたアブー・ハニーファ、すなわちヌウマーン・ブン・サービト(699〜767年)に由来し、
知恵の館とは?バグダードの学術拠点の全貌
知恵の館(バイト・アル・ヒクマ)とは、9世紀のアッバース朝バグダードに置かれた知の拠点であり、図書館・翻訳所・研究機関の機能を兼ねた場でした。アラビア語で「知恵の家」を意味し、現在のイラクのバグダードにあったこの施設は、単独の建物というより複数の役割が束になった知的中枢として見るほうが実態に近いでしょう。
東南アジアのイスラム化|交易と布教が築いた海域世界
東南アジアのイスラム化とは、8〜16世紀にかけて海域交易を通じて進んだ宗教・文明の転換である。8〜9世紀にはアラブ・ペルシア・インド系のムスリム商人がモンスーンに乗って香辛料と対中国貿易のために港市へ来航し、そこで生まれたムスリム・コミュニティが布教の土台になった。
インドのイスラム史|流入と共存の1300年
インドのイスラム史は、711〜712年のシンド征服から約1300年にわたって流入と定着が重なってきた歴史である。2011年国勢調査ではムスリム人口は約1億7220万人、人口の14.2%を占め、ヒンドゥー教に次ぐ第2の宗教になっている。 この広がりは、ガズナ朝やゴール朝の軍事遠征だけでは説明しきれません。
イスラムの数学|代数とアルゴリズムの起源
代数(アルジェブラ)とアルゴリズムは、9世紀のイスラム世界が生んだ言葉である。代数の語はアラビア語 al-jabr に、アルゴリズムの語は数学者アル=フワーリズミーの名にそれぞれさかのぼり、日常的に使う数学語彙の奥にバグダードの知が潜んでいることを示している。
中国のイスラム史|回族とウイグルの歩み
中国のムスリムを代表する回族とウイグルは、どちらもイスラムを信仰しながら、起源・言語・歴史が大きく異なる別個の民族です。筆者が中央アジアやトルファンのオアシス都市を歩いたとき、仏教石窟とモスクが同じ街に重なって残る光景に、ウイグルがたどった宗教史の重層性を強く感じました。
アル・フワーリズミーとは|代数学の父の生涯と功績
アル・フワーリズミーは、9世紀前半のバグダードで活躍した数学者・天文学者・地理学者であり、ホラズム出身を示す名を持つ学者である。トルコやウズベキスタンを歩くと、ホラズムという地名や知恵の館の記憶は今も学問の遺産として語られ、その広がり方に歴史の厚みを感じます。
アフリカのイスラム化の歴史と交易ルート
アフリカのイスラム化とは、マグリブ・西スーダン・スワヒリ海岸・ナイル流域で、7世紀の北アフリカ征服から19世紀の改革運動まで1000年以上かけて進んだ長期過程である。