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歴史・文明

知恵の館(バイト・アル・ヒクマ)とは、9世紀のアッバース朝バグダードに置かれた知の拠点であり、図書館・翻訳所・研究機関の機能を兼ねた場でした。アラビア語で「知恵の家」を意味し、現在のイラクのバグダードにあったこの施設は、単独の建物というより複数の役割が束になった知的中枢として見るほうが実態に近いでしょう。

歴史・文明

東南アジアのイスラム化とは、8〜16世紀にかけて海域交易を通じて進んだ宗教・文明の転換である。8〜9世紀にはアラブ・ペルシア・インド系のムスリム商人がモンスーンに乗って香辛料と対中国貿易のために港市へ来航し、そこで生まれたムスリム・コミュニティが布教の土台になった。

歴史・文明

インドのイスラム史は、711〜712年のシンド征服から約1300年にわたって流入と定着が重なってきた歴史である。2011年国勢調査ではムスリム人口は約1億7220万人、人口の14.2%を占め、ヒンドゥー教に次ぐ第2の宗教になっている。 この広がりは、ガズナ朝やゴール朝の軍事遠征だけでは説明しきれません。

歴史・文明

代数(アルジェブラ)とアルゴリズムは、9世紀のイスラム世界が生んだ言葉である。代数の語はアラビア語 al-jabr に、アルゴリズムの語は数学者アル=フワーリズミーの名にそれぞれさかのぼり、日常的に使う数学語彙の奥にバグダードの知が潜んでいることを示している。

歴史・文明

中国のムスリムを代表する回族とウイグルは、どちらもイスラムを信仰しながら、起源・言語・歴史が大きく異なる別個の民族です。筆者が中央アジアやトルファンのオアシス都市を歩いたとき、仏教石窟とモスクが同じ街に重なって残る光景に、ウイグルがたどった宗教史の重層性を強く感じました。

歴史・文明

アル・フワーリズミーは、9世紀前半のバグダードで活躍した数学者・天文学者・地理学者であり、ホラズム出身を示す名を持つ学者である。トルコやウズベキスタンを歩くと、ホラズムという地名や知恵の館の記憶は今も学問の遺産として語られ、その広がり方に歴史の厚みを感じます。

歴史・文明

アフリカのイスラム化とは、マグリブ・西スーダン・スワヒリ海岸・ナイル流域で、7世紀の北アフリカ征服から19世紀の改革運動まで1000年以上かけて進んだ長期過程である。

文化・暮らし

ナイジェリアは、西アフリカ最大の人口を抱える国であり、その約半数がムスリムを占める、世界でも屈指のイスラム人口大国です。中東だけがイスラムの中心ではないという事実は、まずここで押さえておきたいところでしょう。 ナイジェリアのイスラムは征服ではなく、金と塩を運ぶサハラ縦断交易のなかで根づきました。

文化・暮らし

バングラデシュは、2022年国勢調査で人口の約91%をムスリムが占める、南アジアでも際立ってイスラム色の濃い国です。ムスリム人口は約1億5500万人に達し、インドネシア、パキスタン、インドに次ぐ世界第4位規模でありながら、中東のイメージとは異なるベンガル・デルタでその宗教文化が育ってきました。

歴史・文明

中央アジアのイスラム化とは、8世紀初頭のアラブ軍によるマー・ワラー・アンナフル征服に始まり、10世紀のトルコ系遊牧民の集団改宗で広く定着するまで、約3世紀をかけて進んだ漸進的な変化である。

文化・暮らし

モロッコのイスラムは、マグリブ(西方イスラム)という枠組みでこそ、その姿がはっきり見えてきます。中東アラブ世界の延長ではなく、ベルベル人(アマズィグ)の社会の上にアラブのイスラムが重なり、スンニ派マリキ学派を軸にスーフィズムや聖者信仰が根づいた独自の宗教文化だといえるでしょう。

歴史・文明

ムガル帝国は、1526年に中央アジア出身のバーブルが第一次パーニーパットの戦いでデリー・スルタン朝最後のロディー朝を破ってデリーに築いたイスラム王朝である。名はペルシア語でモンゴルを意味する語に由来し、ティムールとチンギス・ハンの血筋を引くバーブルの出自も、この王朝の性格をよく示しています。